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妊娠の恐怖。

 

痴漢は性暴力ということを知った日。 - あわのつぶてB面」でも書きましたが私は、職場の上司から性暴力を受けました。まだ書ききれていなかった部分を今日は書いておこうと思います。

 
私は20代前半の頃、上司に倉庫でレイプされました。泣いて抵抗しましたが上司は180センチ以上で中肉中背、160センチあるかないかの私は押し倒されて自由を奪われました。職場での服装は、作業をし易いようにゆとりのあるパンツをはいていました。上にはシャツを着ていたと記憶しています。汚れないようにエプロンをして黙々と作業していた間の出来事です。性暴力に遭うのは被害者が加害者を誘発するような格好をしていたからだと思う人もいるかもしれませんが体のラインが出ているものや肌の露出をしていなくとも性暴力に遭うのだとも伝えたいです。
 
あの日どうやって帰宅したのか覚えていません。覚えているのはレイプ後の妊娠の恐怖です。学生の頃からの習慣で手帳に生理周期を記入していたのでレイプされた日が危険日(排卵の5日ほど前から排卵日頃の間)かどうか必死に計算しました。危険日では無かったものの基礎体温を毎日計っていたわけではないので可能性はゼロと思えず、生理がやってくるまで恐ろしく不安な日々を過ごさなければなりませんでした。そして生理がやってきても上司の性行為の強要は終わりませんでした。いくつかの現場は覚えているのですが、正確な回数や場所は思い出せません。避妊されていたのかどうかも一度目以降記憶が曖昧です。
 
結局、仕事をクビになるまで妊娠はしなかったものの感染症にかかりました。ある日、性器にぼこっと小さなしこりができて、なかなか消えないので産婦人科へ行きました。バルトリン腺膿瘍と診断されました。 医師は、この病気は繰り返すから手術した方が早いと、入院前検査のことなど淡々と説明し出します。ショックな状態のままメモしました。清算を待つ間、医師からの心無い言葉「汚いセックスをするからだ」が頭にこびりついて離れませんでした。やわらかいピンク色した待合室でお腹の大きな女性たちが幸せそうに見えました。自分が汚れたものに思えました。
 
家に帰ってからは今後のことを考えました。手術するにしても連休なんて取れそうもありません。それに休む理由は。家族にも話せません。パニックになりそうでした。その医師に会うことが恐くなった私は、手術前の検査もすっぽかし入院もキャンセルして仕事に行き続けました。一週間から十日くらい経った頃でしょうか、痛みに耐えきれず座ることもままならなくなって別の総合病院へ行きました。症状を電話で伝えてあったので看護士さんがロビーで待っていてくれました。私の歩き方を見て、車椅子を用意してくれ診察室まで連れてってくれました。処置してくれた男性医師の方も「こんなになるまで痛かったね」「もう大丈夫だからね」と穏やかに声をかけてくれました。「汚いセックス」と言ったのは、初めにかかった医師だけで、処置してくれた医師はそんな発言は許されないと言ってくれました。外傷による炎症、感染症がきっかけでなることがあり、汚いセックスという言葉とこの病気はイコールではありません。
 
 後年になって